香川県丸亀市に本社を構える大倉工業株式会社。1947年に高松市で創業し、1956年に丸亀工場の操業を開始。
後に本社を丸亀市に移転し、丸亀を拠点に事業を続けてきた地域を代表する企業の一つです。
地方都市に本社を置きながら、世界市場に向けて高付加価値製品を送り出す。その歩みの背景や地域への思いを、大倉工業の近藤美穂さんと阿久根康博さんに伺いました。
創業者の第二の故郷、丸亀市に工場を設立
大倉工業株式会社は、1947年、創業者の松田氏が、高松で四国住宅株式会社を設立したことがはじまりです。「部下とその家族の生活を守るとともに、戦災で家を失った人々に必要な住宅を提供したい」という思いから住宅事業に着目しました。
― 高松で創業した大倉工業ですが、丸亀市に工場を設立した理由は何だったのでしょうか?
創業者である松田氏は戦前、倉敷紡績の丸亀工場に勤めていて、家族と一緒に丸亀市に住んでいました。戦中は、松田氏は戦地や各地を転々とし、最後は高松で終戦を迎えましたが、その間も自宅はずっと丸亀にありました。
そのため、松田氏は丸亀を「第二の故郷」と感じていたのです。
1952年頃に、丸亀市にある材木店から「丸亀にも材木市場を開いてほしい」と要望があり、その後、それをきっかけに松田氏は丸亀市での工場設立を検討しました。
工場の立地選定を悩む中で、アメリカやヨーロッパの視察が転機になります。アメリカの企業が需要地や海のそばに工場を建てていたのに対し、ドイツの企業は都市部ではなく、経営者の故郷である地方に工場を建てて、技術力で勝負している姿を目の当たりにしました。
「たとえ地の利が悪くても、田舎にあっても、優れた技術力と高品質な製品があれば、世界で戦える企業になる」と松田氏は確信。この気づきが丸亀に工場を設立し、その後、本社を丸亀に移転する決断となりました。
こうして、需要地である東京や大阪、名古屋などに拠点を展開しながら、丸亀を中核とする現在の体制が築かれました。
最先端のものづくりで丸亀から世界へと発信
現在の大倉工業は、合成樹脂事業、新規材料事業、建材事業を柱とし、お客様の要望にあわせた製品を提供するソリューションパートナーへと発展しています。
丸亀に製造拠点を置く合成樹脂事業と新規材料事業では、日常生活を支えるフィルム製品から、最先端分野で使われる高機能材料まで幅広く手掛けています。
合成樹脂事業では包装資材の製品を多く手掛けており、近年は環境に配慮した製品づくりにも力を入れています。
― 環境への取り組みを重視されるようになったきっかけは何でしょうか?
包装資材などプラスチック素材は、便利さと同時に環境問題として取り上げられることが多くなりました。しかし、人々の生活には欠かせない素材です。そこで、大倉工業は素材そのものを否定するのではなく、よりよい形に進化させることに方向転換しました。
環境への対応は、「コスト」ではなく「事業機会」。環境に配慮した製品が、持続可能な未来に貢献するとともに、事業継続にもつながると考えました。
その例となる製品の一つが、丸亀市指定ごみ袋です。ダイオキシンの発生を抑制するため、燃焼効率を高める触媒を配合しており、さらに使用するプラスチックはリサイクルプラスチックを40%以上使用することで、エコマーク認定を取得しました。エコマークが付与された市指定ごみ袋は、香川県で唯一丸亀市だけです(2025年9月時点)。
新規材料事業では「丸亀から世界に向けてキーパーツを発信」を掲げ、液晶ディスプレイやスマートフォンに使われる光学フィルムなどの高機能フィルムを世界市場へ提供しています。
子どもたちの未来を応援したい
大倉工業は、丸亀市の次世代を応援する地域貢献事業にも取り組んでいます。
四国地域の企業や団体が集まり地域の活性化に取り組む「四国家サポーターズクラブ」の会員として、若い人が地元に愛着を持てるような企画・イベントにも参加してきました。
「ワクワク体験Kids王国in丸亀」では、スマートフォンの仕組みを模した工作や木の椅子づくり体験などを通して、子どもたちに「こういう製品を作っている会社」と知ってもらう機会になっています。


― 地域貢献事業に積極的に取り組まれて、反応はいかがですか?
大倉工業がこれらの活動に参加したのは、何をしている会社なのか、市民の方に理解されにくいという悩みからでした。
体験に参加してくれた子どもたちは「楽しかった」と喜んでくれていて、企業の魅力の発信につながっていると実感しています。さらに、担当した社員の方からも「お子さんが楽しんでいる様子を直接見ることができてよかった」「笑顔が見られてうれしかった」との声があり、社員の方も刺激をもらっているようです。
「まるがめ地域活性化 高校生プランコンテスト」には審査員としても参加しています。このコンテストは、高校生が日常生活の中で感じている「こうしたら丸亀がもっとよくなるかも」というアイデアを企画発表する場で、高校生たちの丸亀の未来を真剣に考える姿に感動したそうです。
― 審査員として参加する中で、どのような印象を持たれましたか?
提案の中で多かったのは、丸亀駅から丸亀城までのエリアを活性化するアイデア。
丸亀城は日本一高い石垣と、現存する天守の中で一番小さな天守を持ち、全国的にも知名度の高いお城です。周辺には骨付鳥を提供するお店もあり、駅とお城を活性化すれば、さらに人が来てくれるのではないか、と丸亀の可能性を再認識する機会となりました。
― 進学や就職を機に丸亀市を離れてしまう高校生も多い昨今。
若い人たちにとって丸亀市が「働きたいまち」「帰ってきたいまち」になるためには何が必要だと思いますか?
「丸亀に帰ってきたら、何かできるかもしれない」「自分らしくイキイキ働けるのではないか」そういう風に感じてもらうことが大切。高校を卒業して、県外の大学に進学しても、学生のときの丸亀での思い出や経験があれば、丸亀市に可能性を感じてくれるのではないかといいます。
これからも大倉工業は、同じ丸亀にある企業とともに、地域貢献活動を通して、若い人たちの可能性をつないでいきたいと、未来への思いを抱いています。